PRINCIPLE


|研究動機|
わたしたちが生きている世界は、いったいどんなところなのでしょうか。
そんな無邪気で稚拙な想いを、つい抱いてしまいます。
これを考える方法には、3つのスケールがあるんじゃないかと思います。
大きいスケール、中くらいなスケール、小さいスケール、の3つです。
マクロに考えること、等身大に考えること、ミクロに考えること、と言いかえてもいいかもしれません。
わたしは、中くらい、すなわち、等身大のスケールでものごとを考えたいと思います。
等身大でものごとを考えることは、体感できるもの、こと、ひとを考えることだと言えるかもしれません。
体感できるものには、かたちを持つものと持たないものがあると思います。
わたしは、かたちを持つものに興味があります。
かたちを持つものには、形状、構造、材質、性能、記憶など、色々な情報がつまっています。
そのなかでも、わたしがとくに関心をもつのは、記憶です。
記憶とは、そのものがいつ、どこに、なんのために、どうやって、誰によってつくられ、誰がつかい、いまどんな状態にあるのか、をさしています。
そんな、そのものにまつわるドラマを追いかけることに興味があります。
かたちを持つものの記憶に注目して、わたしたちが生きている世界について知りたい、そのように考えています。
色々な方法があるのでしょうけれども、いまのところは、近代以降の日本の建築の歴史・意匠に着目することを通じて、これを考えたいと思います。


|問題意識|
日本はいま、豊かさのピークにあると考えます。
もはや、それほど欲しがらなくとも、不自由なく健康で文化的にいきられる環境がととのっています。
それは、戦後の復興期、成長期を通じて、先人たちが一生懸命にみずからの身をおく環境をより良いものにするべく整えてくれたからにほかなりません。
しかし、世間ではいまだに、これからも“成長”を目指すのだといわんばかりに、ますますの建設、都市化が推し進められています。
戦後を支えた先人らには、都市化を志す大義があったと思います。
欲しくて仕方がないという差し迫った状況があったからです。

しかし、社会が成熟したいま、わたしたちは、もはやそれほど欲しくはないはずです。
いまや物質的な豊かさは、飽和状態にあります。
それでも、わたしたちは、先人たちの惰性走行のままに、いまだに大型新築をつくり続けることをやめられないでいます。
あるいは、建設のチャンスは2020年までのあとわずかな期間であるから、今こそつくりまくらなければならないと、落星前の最期の輝きを放っているのが、いま現在のわたしたちなのかもしれません。
2020年以降も、これまでと同じように大型新築を建て続けることが、本当に求められているのでしょうか。

わたしたちは、もはやハングリーではありません(これは、若者にハングリー精神がないといわれることと無関係ではないと考えますが、それについてはここでは触れません)
むしろ、十分に満たされたいまの日本には、すぐれた建築作品が数多く蓄積されています。
これを壊し、より大きく新しいものを建てることが、これからも「豊かさ」であり続けるのでしょうか。
これをビュッフェに例えれば、もうおなかがいっぱいなのに、トイレに行って嘔吐をしてまで、新たな料理を食べ続けるようなものではないでしょうか。
もはや、味わうことではなく、食べること、元を取ることが目的になっているような、そんな状態ではないでしょうか。
同じように、今の日本では、豊かに暮らすことではなく、建てること、儲けることが目的となっているようにも思います。

これまでと同じまま安定していたい、という想いを持つことは決して悪いことではないでしょう。
しかし、そのために、本来の目的を見失ってまで、虚ろな安定を見せかけ続けても、わたしたちは決して幸せにはなれません。

幸せな未来をむかえるため、我々の価値観は、いま、大きな転換を求められています。

お金を稼ぐこと(お金持ちになること)よりも、時間を稼ぐこと(自由でいられること)の方が豊かなことかもしれません。
安価で均質なものを大量につくって使い捨てることよりも、少々値が張る一品ものを手をいれながら長く大切に使い続けることの方が豊かなことかもしれません。
新しくて大きなものをつくること(都市的であること)よりも、もともとそこにあった風景や、ありのままの自然に目を向けること(田園的であること)の方が豊かなことかもしれません。

しかし、価値観を大きく変えることは、そう簡単なことではありません。
まずは、わたしたちがわたしたち自身の行いを反省することから始めたいと思います。
反省するきっかけは、いつの世も先人が与えてくれるものです。

先人たちの想いに耳を傾けながら、いまのわたしたちの行いを反省しつつ、これからのわたしたちが歩むべき道を模索したいと思います。

2019年8月 種田元晴